時計の時間・心の時間

「時計の時間」と違いうまく付き合うことができる「心の時間」

時間を長く感じたり短く感じる「心の時間」は『身体の代謝』と深く関係がある
スポーツしている時、時間を長く感じるのは代謝が激しいから「朝方や夜」に時間が短く感じるのは代謝が低い時間帯だから。子どもの時のほうが時間を長く感じるのも子どもの代謝が大人より高いのも一つ。
そして自分と比較して広く明るい空間、大きな音といった知覚も時間を長く感じさせてくれる。

「心の時間」の仕組みを理解することで持続可能な時間文化、悠久なる時の流れに思いを馳せたい

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星野道夫

アラスカに19年間住み続け、惜しくも43歳で亡くなられた星野道夫(1952〜1996)の写真と文章、そして彼の生き方、まなざしが僕は心底好きだ。

まだ小学生だったあの日、星野道夫が亡くなったニュースの衝撃は今でも覚えている。

彼の死後、月日の経過とともに彼を慕う人が増えていくこの社会はやっぱり何だかんだで素敵なのだと思う。

星野道夫がテレビ番組取材中にヒグマに襲われて亡くなられたとき、池澤夏樹さんが「週刊朝日」に寄せていた言葉はずっと僕の中に残り続けている。

「アラスカに、カリブーやムースやクマやクジラと一緒に星野道夫がいるということが、ぼくの自然観の支えだった。彼はもういない。僕たちはこの事実に慣れなければならない。残った者にできるのは、彼の写真を見ること、文章を読むこと、彼の考えをもっと深く知ること。彼の人柄を忘れないこと。それだけだ」

小学生の頃から高校生までずっと僕の学校の机の引き出しには常にある一冊の本が眠っていた

『ノーザンライツ』という題名のこの書物を僕は小学生の頃から所有し常に手元に置きながらも大学の時まで深く読もうとしなかった。

でも今はこの本が一番星野道夫を感じられ好きなのかもしれない

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シニアにおける学び合い

シニアにおける学びあい

高齢者は、ある共通認識として「習ったことを忘れていて当たり前」ということが前提としてある。そこに月四回のプログラムを 基本→復習→応用→学びあい として回していくと『学びあい』の時に「あらっ○○さん、そんなことも覚えてるなんて凄いわねぇ」と互いに尊重が生まれる。そして自分が覚えていたことと他のメンバーが覚えていたことの両方を学びあいにより習得する。
そして互いに尊重することこそコミュニティのはじまりなのでそこに継続したコミュニティが誕生する。

子どもとシニア層による学びあい

健康・スポーツといった分野における学びあいは多世代間交流において大きな可能性を秘めている。今までの学習における学びあいでは「戦争の話」「おばあちゃんの知恵袋」 といったようにシニアから子どもにといった一通になりがちな所を、この分野においては互いに子どもからシニアへシニアから子どもへとほとんど対等に学びあいが行われる。
そしてシニアにとっては子ども達との交流を通しての人生の楽しみと子どもの成長を見守る中で未来への希望を

子どもにとっては自分の成長や将来、夢といったものを本気で信じてくれる大人との出会いを
(今の現代社会では子どもの夢や将来を本気で信じてあげられる家族や先生はあまり多くはない。それに対してシニア層というのは子どもに希望をみる。だからこそ、学びあいの中で近所のおじいちゃん、おばあちゃんがその子の将来を本気で信じる環境をつくることでそれはやがて子どもの原体験になり、高校大学社会人と人生の岐路にたつ時の大事な軸になる)

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褒める叱るでもなく

褒める叱るでもなく感動させる (感動を循環の軸に置けば褒めるや叱るといったものに頼る必要性はなくなってくる。そしてその時は、例え叱ったとしても子どもは笑顔になり指摘された所を修正する)

動物と会話するように子どもと会話し、子どもの変化を肌ではなく毛穴から感じ取る 
(動物とコミュニケーションをとる時、表情や仕草等でコミュニケーションをとる。大人に対して本音で話せる子どもは少ない。だからこそ動物とコミュニケーションをとる時のような全身全霊の接し方が重要になってくる)

子どもと成長を本気で感動し共有する

できる子どものできる感覚をできない子どもにわかるように翻訳する
(できる子の何故かできてしまう感覚。ほとんどの指導者はその大事な感覚を子どもに聞いた時、結局子どもの答えだなと聞き流してしまう。でもやっぱりそこに大事なエッセンスがありそれをしっかりと翻訳できた時、それまでまったくできない子どもも一瞬でできるようになる)

大学時代のノートより

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教育と社会の変化

2014年、日本では『アナと雪の女王』が歴史的なヒットとなったが

今から25年前、1989年のイタリアで最も多く観客を動員した映画は学校教育の映画だった。

当時イタリアの公立学校では映画教室・映画授業というものをしないなか、この映画のみは全校授業を休んで観に行った。

そして学校で観に行った我が子に負けてはならぬと親まで観に行ったのがこの映画の観客動員数が年間1位にもなった理由である。

 

題名は各国で異なるが『いまを生きる』『つかの間の幸せをつかめ』。

 

ストーリーの内容は「すべてのことには多方面のアプローチの仕方があって、一面から捕えてわかったような気になるのは頭脳の怠慢である。」ということを17歳の生徒たちに伝えていく先生の物語である。

 

主人公の先生は進学することのみに集中した厳格な進学校で17歳の教え子たちに、あらゆる機会を利用して、自分の頭で考え自分の心で感じることの大切さを教えていく。

 

有名大学進学で凝り固まった彼らの心を、多感な感受性豊かなものへとひらかせていく。

この映画は単なる学園モノではなく、心がひらくことで生まれる可能性への追求を表現した映画であったと思う。

 

クラス、そして各個人に対してオーダーメイド型に対応(対話)していくこの教育法は教える側が自分の頭で考え、生徒たち一人一人の、また集団においての隠された欲求を刺激しなければできない教育法である。

 

自らの全人格を向き合う一人一人の生徒にふさわしいカタチでぶつけることを1つのクラスだけでなく、5つや6つのクラスで一日に行うことの難しさは、カリキュラムを順に消化していく方法と比べ物にならないものであろう。

 

結局この映画の主人公も多くの学園モノの作品と同じように学校を出ることになる。

 

当時、作家の塩野七生さんはこの映画を観て

「主人公に教場を与える学校はない。学校で「骨」を教わり、その「骨」に「血と肉」をつける。それが教科書以外の書物が担う役割の一つならば彼は作家になるしかない」

 

という言葉でしめている。

 

25年たった今、僕らが少しだけ希望が持てるのはこの映画の主人公が目指した世界の表現方法が決して簡単ではないが多彩に生まれてきたことである。

 

例えば「学び合い」とは単に、子どもが子どもに双方に教えあう、生徒が教える側に回ることで生まれる好循環というだけではない。

 

教える側が教える際にある程度イメージした変化や答え、想定していた範囲を教わる側が超えていくことで、教える側が逆に教わる側から学ぶ機会が生まれていくという、互いに学び成長していく場が生まれていくことである。

 

 

イメージ通り、想定通りできた時ほど自分の範囲の中でしてしまっていなかったか反省の中、自問自答することが大事な教育である。

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